2010-01-01から1年間の記事一覧

今日は、p.1181の下から11行目まで、読みました。ドガの話でヴァレリーは興味深い事実に気づきます。「ヴェルダンの若きおとめたち」(プロシアの共謀者とみなされ、フランス革命政府はやがて関係者を処刑することになる)のひとりの婚約者と目されて、当局…

今日は、ヴァレリーの1935年の講演「芸術についての考察」を、ついに読み終えました。最後の質疑応答のところは、作家と享受者との関係を「伝達」という側面から重視するバイエール氏の意見と、作家と作品、作品と享受者という独立した二つの関係を(おそら…

今日は、第18課「原発大国フランス」を、読みました。日本の場合、総電力量に占める原子力発電の割合は3割ですが、フランスではなんと8割。すごい数字です。そんなフランスでは、原発推進派が大勢を占めるのかと思いきや、記事の最後のところで、8割のフラン…

今日は、1926年のテクスト「ベルト・モリゾ」のp.1304の7行目まで、読みました。p.1303の下半分の部分は、純粋に見えているものを少しも見ず、自分にとって関心のある記号にすぐさまそれを変換してしまう人びとのことが語られていました。人は見えているもの…

今日は、第17課「サッカースタジアムでブーイングされたフランス国歌」を読みました。淡々と記述された記事ですが、p.67で書かれている事実は興味深いものがあります。まず、フランス代表による対アルジェリア戦、対モロッコ戦、対チュニジア戦でのフランス…

今日は、「ヴィクトル・マッセ街37番地」の章を終え、続いて「ドガと大革命」の章に入り、p.1180の真ん中少し上の引用符号が閉じるところまで、読みました。前者のラスト部分でマネへの言及が見られますが、「能力」「戦略的」など、近くでつかわれている言…

今日は、p.89の上から11行目まで、読みました。感覚そのものの分析に基づいて、心地よいものと美しいものの区別を主張するベネゼ氏と、一般的な経験に依拠し、できるだけ客観的な言葉を用いて芸術を考えようとするヴァレリーとで、議論は平行線をたどってい…

今日は、最初に先週実施した中間試験の答案を返却し、ポイントだけ解説してから、教科書に戻り、第16課の不法滞在外国人の国外追放(強制送還)に関する記事を読みました。記事によれば、国外退去させられた不法滞在外国人の数は2002年に1万人、2005年に2万…

今日は、1926年のテクスト「ベルト・モリゾ」の読みに入り、p.1303の真ん中上のcommencer par le commencement.まで、読みました。1932年の「マネの勝利」と1941年の「ベルト・モリゾについて」を、私たちは既に読んでいるわけですので、時間をさかのぼるか…

今日は、p.1179の10行目のombres.まで、読みました。p.1178の下段で、ドガの作品は、ドガの芸術的食欲の旺盛さと画家としての強力な注意力で苦しんだかもしれない、と、ヴァレリーは書いています。ドガの強力な知性は芸術にかんする多くの問題を提起し、日々…

今日は、p.87のベネゼ氏の発言の前まで、読みました。p.86ですが、発明や新しさは、その準備がいかなるものであれ、それ自体としてはインスピレーションに他ならないと主張するパロディ氏と、素朴な制作とそうでない制作とのあいだにある大きな違いを強調す…

今日は、予定通り、中間試験を実施しました。教科書からの出題が20点、実力問題が15点、合計35点です。他の科目以上に、語学の試験は、努力した結果が如実に反映されます。手を抜いた人は、その通りの結果が出ます。今回も、ざっと見たところ、努力を重ねて…

今日は、1941年のエッセー「ベルト・モリゾについて」を最後まで読み終えました。マラルメの詩とモリゾの絵は、身近な物事を描いても、マチエールの本質に向かう点で似ており、すべてを暗示に還元しようとするマラルメのエレガンスは、ベルト・モリゾの自然…

今日は、p.1178の6行目まで、読みました。p.1177の中段で、ヴァレリーはかつてドガはエレガントな人だったとして、最上級を連発しながら、その知性と人間的魅力を描写します。しかし、一行空いて描かれる陰鬱な老人の姿はかつての姿とは対照的です。一行のbl…

今日は、p.86の1行目まで、読みました。芸術教育においては、概念や知識の伝授よりも眼で実際に作品を見ることを重視すべきだという考え方が強調されていました。ブリュッセル美術館のある展示室で、眼を閉じてくるりと一回転して再び目を開け、トロピスム(…

今日は、p.1177の12行目まで、読みました。ルイ=ル=グラン高校を出ている秀才のドガが、家政婦のゾエが昏倒した時に基本的な応急処置などの知識がなくてただオロオロする様子を見て驚いたヴァレリーは、今もそうだが、学校教育は基本的な社会生活の作法だ…

今日は、p.84の下段のヴァレリーの発言の6行目まで、読みました。ベルトロ氏の質問に対して、ヴァレリーは、芸術家の自己模倣は作品の価値レベルの維持という観点から考えられるとして、不均衡性を排除して連続性を確保するためのあり方として自己模倣と自己…

今日は、第15課「ストとデモ」を読み、練習問題も片づけました。ストとデモは市民革命と人権宣言の国フランスの華です。何か「改革」と称する動きがあるたびに、とりわけ、人権にかかわるような問題が含まれるたびごとに、人びとは敏感に反応します。たしか…

今日は、p.344の2行目まで、読みました。自分の人生を描くこと、芸術家としての理想と現実生活の私性とが切り離しがたく結びついていること、それがベルト・モリゾの特徴であることを、ヴァレリーはドガやセザンヌやモネたちとの対比において強調していまし…

今日は、p.1176の真ん中少し上の et toujours serieux.まで、読みました。個性や時代の好みを追うのではなく、作品の完成をひたすら探究するという芸術道徳はヴァレリーにおいて一定して見られますが、その道徳をドガも共有しています。このあたりの話も現代…

今日は、p.83の6行目まで、読みました。ヴァレリーがヘーゲル美学を[観念的・弁証的・抽象的であると(ヴァレリーは直接的にはこういう表現をしていませんが、文脈上そうとれます)]批判すると、アンリ・ドラクロワ氏はヘーゲルの『美学』は事実に基づく具…

今日は、第14課を終えました。フランスの不動産市場の話でした。2008年秋のアメリカ発金融危機の影響はフランスでも同じで、不動産の価格は下落を続けているが、フランスやリヨンなどの大都市では価格は高いままである、ということでした。(高いローンを組…

今日は、p.342の6行目まで、読みました。印象派の光崇拝は画家の数だけあるさまざまな流儀を認めていたとして、モネ、ルノワールに触れたヴァレリーは、「筆触分割」が「点描」にまで進む例もあったとしています。名指しはされていませんが、ここで想起され…

今日は、第13課を終えました。「Xによる出産」というテーマは前回の「パックス」に続いて、フランスの一面をよく示す主題だったと思います。平等の国フランスは、慈愛の実践というキリスト教的な美徳に基づく制度も古くからあったことがわかります。難しい単…

今日は、p.340の11行目まで、読みました。印象派の「網膜」による「純粋な感受性」の重視は、詩の分野では象徴派の純粋言語による絶対詩の探究と密接な関連をもっているとヴァレリーは指摘します。言語の原理に拠るマラルメの絶対詩と事物を光の転調としてと…

今日は、p.1175の真ん中下、Rien de plus moderne.というところまで、読みました。ヴァレリーは、ドガの踊り子のデッサンが痛く気に入りますが、それを眺めていると、バーゼルの美術館にあるホルバインの手のデッサンを思い出す、と言い、そのホルバインのデ…

今日は、p.81の11行目まで、読みました。ラロ氏はずいぶんと執拗に「美学は存在する」ということを主張していました。それを受けてヴァレリーは、美学を否定しようなどというつもりは毛頭ないこと、ただ、それがどういう点で作品享受の喜びや作品制作の進展…

今日は、p.1174の一番下まで、読みました。こういう息の長い文、また、高度に構造化された美文を読むのは、とてもよい訓練になります。読み解く際の武器は、やはり、構文の知識と語彙の知識です。今日は知覚動詞構文が出てきて、そのなかに、これまた息の長…

今日は、p.80のシャルル・ラロ(ソルボンヌの美学教授)の発言の最終段落前まで、読みました。芸術が倦怠(や不安)から発生するという考え方は、18世紀のデュボス神父や、19世紀のオーギュスト・コント、キエルケゴール、20世紀ではハイデガーなどにも歴史…

今日は、ご連絡(仏検案内と来週休講のお知らせ)をして、後期から受講される方々にテキストをお渡ししてから、第12課の本文、練習問題を、やや駆け足となりましたが、皆さんの協力によって、無事終えることができました。やはり、予習をしっかりやってきて…