今日は、「ヴィクトル・マッセ街37番地」の章を終え、続いて「ドガと大革命」の章に入り、p.1180の真ん中少し上の引用符号が閉じるところまで、読みました。前者のラスト部分でマネへの言及が見られますが、「能力」「戦略的」など、近くでつかわれている言葉を観察すると、「action picturale」は「絵画という戦闘」というニュアンスが濃いようです。辞書をひきまくって、あれこれ調べていると、楽しいだけでなく、文章の理解が繊細かつ正確になることもあるように思われます。さて、新しい章の冒頭で1904年7月28日という日付(ドガがこの話をヴァレリーに語って聞かせた日付)が出てきますが、読み進むと、これが「テルミドール9日(=1794年7月27日)」の翌日(つまり1794年7月28日のロベスピエール処刑の日)と同じ日付であることに気がつきます。ドガの伯父さんたちの家庭教師は、ロベスピエールの友人でテルミドール9日にピストル自殺した国民公会議員ル・バの息子に当たる人でした。さて、どんな物語が展開されるのでしょうか。続きが楽しみです。では、次回、12月22日にお目にかかりましょう。