木2フランス文学各論&特論

最終回の今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の第6節と第7節の内容を読み取りました。第5節あたりから、節のタイトルは、プルーストにとって反対すべきものではなく、積極的な意味をもつ読書の在り方に変わってきました。第7節ではヴィジョン的な…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の第4節「知的利益」と第5節「読書か人生か」の内容を読み取りました。プルーストの創造的読書論は、結局、書くことに繋がる人生的読書を本物とみなしているようです。「知的利益」を求める功利的読書は読書を…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の第2節「愛書趣味」の残りと、第3節「偶像崇拝」の内容を読み取りました。p.232で、息子と母親の会話が引用されていましたが、ラシーヌの『エステル』の台詞を引きながら会話を交わすところは、文字・文言へ…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の第1節の残りを解説し、第2節の第4段落の終わりまで、解説しました。プルーストの読書論では、図書館や愛書趣味は排除される対象です。ただし、愛書趣味では、幼年時代のフェティシズム的な愛情に満ちた読書…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の第1章「プルースト1、読書に反して」の導入部と第1節「図書館」の第4段落の終わりまで、内容を読み取りました。内面の転写という創造的読書だけを認めるプルーストの徹底的な読書論は、博識的な(サント=ブ…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部の序文「キャプタチオ」の最後まで、内容を読み取りました。p.220の最後に紹介される対話部分は少し謎めいていますが、要するに、本物と偽物の差異、プルーストやフローベールがよしとする文学とそれ以外の文…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第2部「それにしても文学とは何か」の序文「キャプタチオ」を、p.218の下から8行目まで、解説しました。ランソン論を完結させるために不可欠なプルースト論とフローベール論が第2部のメインメニューです。プルース…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第30節を解説し、これで第一部「ギュスターヴ・ランソン 人と作品」をすべて(昨年度から始めて、今日をもちまして)読んで解説したことになります。間髪を入れず、本文中で言及されていたプルーストとの関連に話題…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第29節の最後まで、解説しました。ピエール・オーディアによれば、文学史の衰退は、進展する哲学思想のような自己改革が起きず、古い方法に依拠したまま制度として固まってしまったことから生じたようです。作者で…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第29節に入り、第3段落の終わり(p.206の6行目)まで、解説しました。チボーデの言葉に寄り添いつつ、論を補足的に展開し、さらにピエール・オーディアという炯眼の批評家の仕事の紹介へと進んでいきます。コンパニ…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第28節の最後まで、解説しました。ランソンの弟子のリュドレールによって、文学史=スルス研究となり、いわば過激化したことと、スルスから作品へと展開する肝心な部分について文学史も実験心理学も十分有効ではな…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』第27節「天才は除いて」の第8段落と第9段落を読み、続いて、第28節「作家と人形」の第1段落と第2段落を読みました。ランソンから弟子のリュドレールへと文学史が伝えられる過程で、スルス研究=作品生成論という図…

今日は、前回ざっと読んだ部分を丁寧に再読・解説し、少しだけ先に進みました。p.196の1行目まで、とりあえず読みました。なかなか難しい部分もありますが、論の構成という大きな流れに注目して、ランソンという人の位置どりを測っていきましょう。では、ま…

開講しました!

アントワーヌ・コンパニョン著『文学の第三共和政』を読む授業で、前年度の続きです。目次を眺めながら、これまでの論を振り返り、まとめに当たる最後の数節分を当面読んでいく予定です。今日はさっそく第27節「天才は除いて」の第5段落の終わりまで、読みま…

最終回の今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第26節の内容を読み取りました。ランソンは他の多くの批評家と同様に、テーヌを批判しつつも、本質的な部分では、テーヌの概念を用いているという話でした。一年にわたって読んできた第1部「ギュスターヴ…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第25節の内容を読み取りました。ランソンは先達と根本的には同じ戦いを展開しており、批判をしつつも、決定論的な本質は先達と変わらないという話でした。次回最終回は第26節を読みます。

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第24節「ボスの責任は?」の内容を読み取りました。ランソン主義の罪の多くは弟子たちによるスルス研究&影響研究の矮小化によるものだが、ランソンも根本的な部分で責任を負っており、それは特に、理論の部分に…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第23節「個人崇拝」の内容を読み取りました。リュドレールにせよ、モルネにせよ、師ランソンの「方法」の肝心な前提部分をないがしろにしてしまったところに不幸があるとのことでした。最後の部分、ランソンと弟…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第22節の内容を読み取りました。リュドレールの悶絶調の師匠礼賛文体など、興味深い引用文がたくさんちりばめられています。次回は第23節の内容を読む予定です。少しだけ引用文の訳を割り振りました。年内ラスト…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第21節「祖国」の内容を読み取りました。科学の普遍性と祖国の特殊性をどう和解させるのか、ランソンの詭弁が丁寧に読み解かれています。文学史がラテン中世のレトリック文化を無視し、十八世紀を贔屓にしたこと…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第20節「連帯」の内容を読み取りました。デュルケームの「労働の分割」概念を挟んで、民主主義から連帯へ、テーマが展開していきます。次回は第21節「祖国」の内容を読み取ります。いくつか、引用の訳を割り振り…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第19節の残りと第20節の第2段落まで、内容を読み取りました。引用されていたセーニョボスの言葉(大学における文学研究をいかに民主主義に適応させていくか)には、危機感の程度において、昨今の文科系の学問の状…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第18節の残りと第19節第4段落までの内容を読み取りました。19節(民主主義)、20節(連帯)、21節(祖国)は「文学史の理想」というタイトルのもとで、ひとかたまりを成しています。引用を割り振りました。引き続…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第17節の残りと第18節の第4段落までの内容を読み取りました。ソルボンヌに属するランソンと、それを批判するアクション・フランセーズ(第17節)、そしてペギー(第18節)と、対立の構図がわかりやすく描かれてい…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第16節の残りと第17節の第5段落まで、内容を読み取りました。16節最終段落でサルトルの『言葉』が引用されていましたが、そこで語られていたことがコンパニョンのそこまでの論説に一定の影響を与えているというこ…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第15節「マントノン夫人」と第16節「文学の不滅は椅子取りゲームである」の第四段落の終わりまで、内容を読み取りました。第15節では「作家としてのマントノン夫人の聖別化は嘘とプロパガンダによるものである。…

開講しました!

今日は、後期初回。コンパニョン『文学の第三共和政』の第14節「人はいかにして偉大なフランス人作家になるか」について、本文の内容を読み取りました。夏休み中に14〜22節まで翻訳作業を進めたので、それに基づき、議論を整理することができました(23節か…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第13章「老修辞学教師」の内容を読み取りました。修辞学を批判したランソンですが、修辞学は自身の根本に生きていたようです。また「教科書事件」ではヴァンデランの批判を受け、1923年の『フランス文学史』改訂…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第12章「普遍的な教育学」の内容を読み取りました。ランソンは、中等教育から高等教育へと活動の場を移しますが、それは、高等教育の場で、中等教育に携わる若い教師たちを新たな方法によって教育することで、結…

今日は、コンパニョン『文学の第三共和政』の第11章「中等教育の法王」の内容を読み取りました。40歳まで高校の国語の先生だったランソンは中等教育の問題を知悉していました。それを強みに、彼は教育改革の提言を重ね、中等教育論のドンになっていきます。…