失敗談

 1999年発表の論文で私はヴァレリーによる或る引用文が加工を施されていると指摘し、その加工はヴァレリーのテクストの主張に沿ったものであると結論しました。2005年、新資料が発表されて、じつはヴァレリーが依拠したテクストは脚注でヴァレリー自身がその書誌情報を示していた仏訳版ではなく、そもそもの英語オリジナル版であったことが判明しました。私の1999年の論文は結果として誤った事実認識に基づくものとなりました。仏訳テクストの加工に見えたものが、じつは原文英語テクストのヴァレリー自身による素直な仏訳であり、それがテクストの方向性にも合致していたのです。2013年にこのテクストを翻訳する機会があり、その訳注では、ヴァレリーが英語オリジナル版の表現に忠実な仏訳を示したことに触れました。脚注の書誌情報を鵜呑みにして、原文テクストまで遡って確認する手間を惜しんでしまったことがすべての失敗のもとだったと反省します。長年研究を続けているとこうした「事件」が起こることもあります。私にとっては頂門の一針、受講生の皆さんにとっては他山の石となれば幸いです。