氷の荒野にオジグ登場

 今日はp.21の一番下まで、読みました。冒頭からおよそ一頁半にわたって半過去一色。半過去の基準点より以前に生起した事象を記す大過去も含めて、ひたすら描写につぐ描写でした。写真の並列、あるいは、動画的な各種ショットの連続的な提示により、荒涼とした氷の世界、生命反応のない不活性世界のイメージが読者の想像界を占領します。そこへ、狼殺しのオジグ、つまりは主人公の登場です。彼の最初の行為を示す動詞はeut、すなわち単純過去形です。eut pitié des choses animées(生きているものを憐れんだ)という表現はキリストをイメージさせるかもしれません。ネタバレを避けるため、これ以上は言えないのですが、実際、オジグは救世主のイメージです。ここから主人公の動きを表すしるしとして単純過去がいくつも出てきます。背景の半過去、動き(事件)の単純過去、あるいは、線分の過去である半過去を背景に点の過去である単純過去がちりばめられるテクスト場が続いていきます。予習をどうぞよろしく。

どのように書かれているのか、ヴァレリーの文章芸をしっかり見る

 今日はヴァレリーのコロー論「コローをめぐって」の読みの続きで、テクストp.1331の真ん中下の行空きのところまで、読みました。息の長い文が「3」(要素をかならず3つ挙げる)のリズムで展開されていること、一か所リズムが少し乱れているところ(avancerという単語)は、わざわざイタリックで強調されて目立っていること、アングルがdoctrinesの人なら、ドラクロワthéorieの人だという絶妙な対比(これはドガ論でも裏付けられます)(それぞれの単語もやはりイタリックで強調されています)などなどにいちいち気をつけながら読みつつ、対比のレトリックを繰り出されるうちに、どうやらコローには他の画家のような激しさはなく、むしろ穏やかに観想し、淡々と仕事に向かう人であるらしいことが伝わってきます。こんな調子でこまかく文章芸を観察しながら読んでいくと、この、だらだらした印象の、ぼんやりと控えめなおしゃべりに思われるようなテクストの真の価値を見出すことができるかもしれません。では、また来週。

火2『理論の魔―文学と常識―』を読みながら文学研究について考える

 パリのノートルダム大聖堂が火事――というニュースにショックを受けつつ、淡々と第二回目の話をしました。今日は、前回読んだ内在的方法と外在的方法の諸相について、私自身の経験をもとに、話を展開してみました。「美しい」読書体験は基本として共有しながら、作品テクストをより説得的に価値づける作業がおそらく研究の大きな部分であろう、そのための比較的安定的な論のかたちというのはある程度存在するのではないか、という反動的なお話をさせていただきました。読書体験(間テクスト性)の遡行研究・テクスト比較検討研究、草稿研究(生成論的研究)、修辞学的=詩学的=言語学的(意味論的・統辞論的・音韻論的)テクスト分析的研究、クロノロジーに沿った同一作家内作品比較といった実際的なところから、ディシプリンの盛衰(19世紀ロマン主義的国民文学研究と仏文研究の盛衰)、作家評価は株価の変動のようなものといった見方など、あちこちと話は飛びましたが、これから修士論文を書こうとする方々にとってダイレクトに響くお話をこれからも意識してまいる所存です。緊張感を醸し出すために、自分の研究が文献目録的にはどこに位置するのか、そのことを意識するために先行研究の分類(何を基準に分類するかという点も課題です)と業績内容の端的な評価(その研究は結局何をやったのか、何を価値づけたのか?)をそのうち受講者の皆さんひとりひとりにやっていただく予定ですので気持ち的なご準備を願います。では、また来週。

木2フランス文学各論I&特論I

 開講しました。アントワーヌ・コンパニョン著『文学の第三共和政』を律儀に読み、解説する授業です。今期が4期目となります。学期初めの今日は、新たな受講者の方々のために、この本の目次を眺めながら、これまでの経緯を概説しました。そのあと、さっそく第2部第1章プルースト論の第7節の終わりと第8節の前半をかいつまんで説明しました。ヴィジョン的読書=創造論を述べたくだりです。引用されるプルーストの言葉はいずれも味わい深く、含蓄に富んでいます。次回のために、引用文の訳をいくつか割り振りさせていただきました。ご協力、よろしくお願いします。

水4フランス文学基礎講読I

 開講しました。初級文法を終えたばかりの方々がフランス文学の原文を読むために必要となるステップとして、ときどき、文法のやや詳しい説明や練習問題のプリントを配ることにしています。今日も、大過去について、詳しい説明と練習問題を経由してから、シュオブのSF短篇「オジグの死」の冒頭部を読みました。特に、3行目終わりから6行目頭にかけての長い一文について、基準点となる半過去が全体の中心的動詞となっており、その半過去で示されている時間よりも以前に生起したことがらが大過去で表現されている点に注目しながら、長く複雑な文の構造と意味を、できるだけ正確に把握すべく、参加者の皆さんに日本語に訳していただきました。実際に訳文を作ってみると、理解が深まるということがわかっていただけたら幸いです。こんな調子で、じっくりと進んでまいります。

水2フランス文学研究演習I

 開講しました。大学院の授業です。前年度に引き続き、ヴァレリーの芸術論テクストを読みます。今回は1931年1月の講演をもとにした1932年発表の文章「コローをめぐって」(1934年刊行の『芸術論集』第2版所収)を読んでいきます。初回の今日は、ヴァレリーと芸術家たちについて導入のお話をしたあと、さっそくテクストの読解に入り、p.1330(ミシェル・ジャルティ編集のリーヴル・ド・ポッシュ版ヴァレリー作品集第1巻の頁数を示します)の下から2行目まで、読みました。前年度に読んだドガ論やマネ論と同様、ヴァレリーの文章の芸が冴えわたる味わい深いテクストの姿をじっくりと観察していきたいと思います。担当範囲の割り振りも行いました。これからなるべく丁寧に読んでいきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

火2フランス文学特論Ⅲ

開講しました。大学院生向けの授業です。アントワーヌ・コンパニョン著『文学をめぐる理論と常識』を読みながら、文学研究論文における問題設定のあり方について考えていきます。今日は、序章から「理論、批評、歴史」という一節を読み、内在批評と外在批評の双方に対する理論の異議申し立てについて、概要をつかみました。説得的な問題提起とは何か、実例に基づきながら少しずつ考えを進めていく予定です。