今日はルイ=フェルディナン・セリーヌの長編小説『夜の果ての旅』(生田耕作訳・中公文庫上下二巻)の前半部分から、傷病兵を収容するイッシー・レ・ムーリノーの病院の描写、エロット夫人の店の紹介部分、とりわけ、金持ちが集中するパリの「上等の一切れ」地帯を描いたところ、ミュジーヌと暮らすためビヤンクールに来た「私」が、夕暮れ時に、グルネル橋まで散歩して、ビルアケム橋を渡る地下鉄を眺めるシーン、そして、フランスを離れて、アフリカのコンゴ奥地での会社同僚アルシイドの崇高さを語ったところと、アメリカのデトロイトで出会う娼婦モリーの崇高さを語ったところ、このあたりを紹介しているうちに時間が来てしまいました。セリーヌのこのテキストには、ハードボイルドな抒情とでもいったものが、至るところに滲み出ています。特権的な場所は、郊外、川べり、奥、穴、薄暗闇といったところです。そこでは、怪しい人間たちが、怪しい事柄に従事して、怪しい雰囲気をかもし出しています。しかし、語る文章は、どこか乾いていて、距離感があります。現代のポラール推理小説)作家たちに与えたセリーヌの影響は大きいらしいですが、セリーヌの魅力のひとつは、まぎれもなく、彼の、突き放したような、それでいて、激しい情念的な文体、抒情的かつハードボイルドな文体でしょう。来週は、特にパリ郊外を主要な舞台とする後半から、いくつかの部分を紹介してみたいと思います。