今日は、ルソーの『告白』第六巻冒頭部と『孤独な散歩者の夢想』第十全文を並べて読み、満ち足りた「愛の幸福」体験がどのように語られているかについて、見てみました。「真に生きた」と言えるあの頃、ただひたすら「享受」するだけで完全に幸福だったあの頃。ルソーの語りは喜びと哀切に満ちていて、言葉による音楽を聴くような、とても印象深い名文です。「あら、ツルニチニチ草がまだ咲いているわ」というW夫人の台詞を30年後のルソーはふと思いだして、同じセリフを発しますが、あれは、幸福体験そのものの「引用」になっていることが、イタリック体による表記によって明らかです。プルーストのマドレーヌ体験に似て、過去の完全な幸福経験が、無意志的によみがえる、味わい深いレミニッセンスです。ルソーの自伝の文章は、私たち読者をぐいぐいと引き込んでいきます。『告白』は岩波文庫で上中下、三巻で読めます。興味を感じた方は是非。次回は、18世紀末の前ロマン主義から19世紀初頭のロマン主義に至る頃の文章を紹介する予定です。では、また来週。