今日は、p.1168の下から4行目まで、読みました。密度の濃い文章を、プレイヤッド版で一頁分、しっかり読むことができました。皆さんの努力が、少しずつ、かたちになってきている、と感じます。けっして読みやすい文章ではありませんが、かといって、ひたすら難解なだけの文章というわけでもありません。論理がわかると、その味わい深さがわかる、そんな文章です。ドガに会う前に既に、ドガという人物について一定のイメージ(知性と自己意識の怪物というイメージ)を抱いていたヴァレリーは、『テスト氏との一夜』に、いくらか、そうしたイメージを投影したことを認めます。しかし、実際に会ってみると、現実のドガは、想像していた以上に複雑な人物であった、と報告されています。さらに、人はしばしば、見ると予想していることがらを想像して、直接的な観察行為をごまかすことがある、という警句も記されていました。一種の理想化によってテスト氏的な人物造形に役立った想像のドガと、これから親しく会話を交わし、その人間性や芸術観に親炙していく現実のドガと。ヴァレリーにとってふたりのドガは、落差というよりは、一貫性、驚きに満ちた豊饒化の関係を結ぶもののようです。