今日は、ヴァレリーの1938年のエッセー「モンペリエ美術館」を読みました。ヴァレリーはセート生まれですが、リセと大学はモンペリエで過ごしていますので。この美術館には、よく通ったはずです。このエッセーでは、そこでどのような絵を見たかが簡潔に語られていますが、ところどころ、ヴァレリー得意の絵画鑑賞論や教育批判、また、古典美学礼賛と流行(現代芸術・安易)批判の文章などが織り込まれています。美術をめぐる晩年の文章をあれこれ読んできて、このあたりのテーマが「金太郎飴」のようにワンパターンであることに気づくのですが、文章の芸というものは冴え渡っていて、どのエッセーもそれぞれ、実に味わい深い名文です。たとえば、p.229右側の「美しいものは黙っている〔人を沈黙させる〕」という文などは、小林秀雄の「美を求める心」を直接的に想起させる、記憶に残る名言ではないでしょうか。このエッセーでは、ヴァレリーが特別親しく眺めた絵画として、スルバランの「聖アガート」が第一に紹介されています。前期の授業で、この絵を主題としたヴァレリーの若い頃の散文詩を読みましたね。ただ、1892年の散文詩でも、1938年のこのエッセーでも、なぜか、「聖アガート」ではなく、「聖アレクサンドリーヌ」となっているのですが、細かいことに敏感なヴァレリーが意味なく間違えたりするわけはないはずなので、おそらく、何かしら、意味があるのだろう、と思うのですが、今のところ不明です。来週は、p.230右側の最終段落が残ってしまったので、それを片付け、今日配付した「ポール・ヴァレリーとアンリ・ルアール」という、ジャン=ドミニック・レイの論文を紹介したいと思います。半分くらいまで予習をしておいてください。欠席された方のために、テクストコピーの残部を私の研究室入口ボックスに入れておきます。では、また来週。