今日はp.88の中段、マラルメの「デ・ゼッサントのためのプローズ」の一句の引用の直前まで読みました。ユーパリノスの効果理論を称えたあと、ソクラテス先生は、自分は〈真〉だけを愛してきたし、この冥界でも知るべきことはいくらかあるので、それほど不幸ではないのに対して、〈美〉を行動原理としてきたパイドロスは、この非美的な冥界ではひたすら不幸であろう、と、キツイ言葉で弟子に揺さぶりをかけます。今日、読んだところで、最も印象深いのが、p.87のソクラテスのセリフの後半、冥界の光を描いた部分の、奇妙なリアリティです。明暗を失った光の拡散、液体的な平衡状態のイメージ、声がくぐもって反響しない世界。「霧のindolenceの中で囁かれた声」という表現のindolenceは、無気力とでも訳すしかありませんが、語源的な意味〈無痛〉の価値をはっきりと担っていて、それが直後の「苦しむことは生きること」という言葉につながっています。冥界は死の世界ゆえに苦痛つまり生はありません。「霧の無痛のうちに囁かれた声」はパイドロスの心を美しく揺り動かすことはないでしょう。意味の厚みを帯びた原文を日本語に訳すのは大変ですね。さて、以後の対話では、パイドロスによる唯物論的美学とソクラテスによる観念論的美学が対比的に浮き彫りにされていきます。では、また来週。