フランスの食と文化

 先週と今週の金曜日5時限目、C200教室にて、全学教育総合科目「世界の食と文化」というリレー講義のうちのフランス篇を担当しました。「フランスの郷土料理をめぐる旅」と題して、ビデオ資料を参照しながら、アルザスストラスブール)→ブルゴーニュディジョン)→サヴォワ(シャモニ)→プロヴァンスマルセイユ)→ブルターニュ(レンヌ)、と周遊して、グルメの旅を終えたところです。今日は、ビデオを見る前に、「ワインをめぐる文学散歩」と題して、開高健の短編『ロマネ・コンティ・1935年』の一部を紹介し、文中に引用されている二つのアンテルテクストについて、解説してみました。ひとつはヴィヨンの『遺言詩集』から、老婆が若かった頃の美しい自分と比べて現在の自分の醜さを嘆く歌の矢野目源一訳(これは開高が短編の末尾に出典を明示しています。矢野目訳は本当に素晴らしい訳です)。もうひとつは、「虚無に捧げる供物といった人もいる」という部分。さて誰でしょうか。作品中にはまったく明示されていませんが、その典拠は、もちろん、我らがポール・ヴァレリーの『魅惑』所収のソネット「失われた葡萄酒」の第3行に出てくる「虚無への捧げ物」《offrande au neant》に他なりません。ワインをめぐる文学散歩をしているうちに、奇しくも、ヴァレリーの名作「失われた葡萄酒」に行き着く、というのは、私にとって僥倖でした。こういう楽しい偶然のある講義というのは、本当に収穫です。しかし、学生さんたちは、ほとんどが一年生で、ワインを飲めない人たち、というのが唯一残念なことでしたが、彼らが20歳になってワインを口にするとき、ひょっとしたら、今日の私の話のエコーが、ほんの少し、残っているかもしれないなどと手前勝手な夢想をしつつ、今夜もまた(なぜなら昨晩はボージョレ・ヌーヴォを味わいましたので)ブルゴーニュの美味しいワイン(といってもグランクリュではなく、お値段お手ごろのものですが……)を飲もうかなあ。