今日はマラルメの話。難解というイメージが流布していますが、彼の若い時の「メタポエム」(詩と詩人についての詩)はテーマ的にはワンパターンで明快です。今日は五つの詩を読みました。「陽春」と「鐘をつく人」は共に理想の詩を書けない詩人の苦悩をうたった詩で、いずれも模倣的諧調の効いた詩行が印象的です。皆さんも是非声に出して何度も読んでみてください。「不能」が長あくびをしている「陽春」の4行目もぐたあっとした不活性の様子をそのまま表現していてリアルでしたし、「鐘をつく人」の8行目などは鼻母音が八つもあって、まさに鐘の鳴り響く様子の擬態そのものでした。「海の微風」も、理想の詩が書けない詩人の詩でしたが、こちらは、難破の予感のうちにも一種の開き直りのような潔さがあってポジティヴでした。続いて読んだ「青空」も同じテーマですが、天を呪詛(すみません。授業中、板書したとき、呪詛の「詛」を書き違えました…)して反抗を演じてみても、やっぱり青空の勝ち。最後は、勝ち誇る鐘が「青空!青空!青空!青空!」と強迫観念のように鳴っていました。ここまで読んで十分に疲労しましたが、とどめに、純粋詩人賛歌「エドガー・ポーの墓」を紹介し、「不吉な暗い恒星からここに落ちてきた静かなる塊」つまり隕石としてのポーの墓石に願いを込めたマラルメの祈りに耳を傾けました。以上、五つの詩篇は決して難解ではないと思います。むしろ、詩を書くということの重さ苦しさを、堅固なフォルムに磨き上げた詩人マラルメの、何と言ったらよいのでしょう、真率さ、誠実さ、美しさといったような凛としたものがヒシヒシと伝わってくる、一級の抒情詩ではないかと感じます。さて、来週はランボーの『地獄の季節』を読みます。マラルメの完璧、ランボーの激烈。私たちの疲労は続きます。