開講しました

 お久しぶりです。後期授業が始まりました。というわけで、この授業日誌も再開です。現在、文学研究科の建物が耐震工事中のため、後期は、総合棟10階の経済学部21番教室を借りての授業となります。よろしくお願いします。
 今日は、前期のポイントを復習してから、さっそく、第二部に突入しました。p. 50の下から6行目まで読みました。第二部冒頭で、バルトは、マラルメ以来、エクリチュールのポエチック(制作)とクリチック(批評)の両面が言語活動という一点において相互乗り入れ状態となり、詩人・小説家・批評家といった役割の区別は意味を失い、存在するのはエクリチュールのみである、と書きます。続く「注釈の危機」冒頭でも、批評家は作家であり、作家とは、役割によってではなく「言葉意識conscience de parole」によって定義され、言葉の道具性や美ではなく言葉の深さを感じて言語活動が問題となる人間であると規定されます。第一部ではピカールを代表とする旧批評への激しい反駁が展開されましたが、第二部では、そうした新旧の対立よりも、現在(1960年代)の状況をめぐる考察がメインとなります。ところどころ難しい表現が出てきますが、わかるところ(なるほどなあと思えるところ)を明確にしながら読んでいきましょう。今日は、一巡目の担当分を割り振りました。前期同様、当たった方は、ただ訳すだけでなく、参照関係の調査や、文章についての考察など、ある程度のコメントもできるように、ちょっと背伸びして取り組んでいただければよいなあと思います。次回は、p. 53の「複数の言語」の前まで進む予定です。