今日は前回に続いて、プルーストの『失われた時を求めて』から「スワンの恋」をめぐって、二つの書物の考察を紹介しました。ひとつは、吉川一義先生の『プルーストスワンの恋」を読む』(白水社、2004年)から「カトレアする」の場面の解説。大通りのレストランの描写について。校正刷では「ラリュ、デュラン、ヴェベールなど」1910年代流行のレストランだったのが、刊行テクストでは、それが訂正されて、既に店を畳んだかつての有名レストランやカフェが出てくる。これは「当時の読者に消えてゆく時代へのノスタルジーが残っていて、恋物語の舞台として読者の感受性に訴えるものがあったから」だという斉木真一氏の説明が紹介されていました。この訂正のうちに、作者と読者を含む共同体のベル・エポック的メンタリティーが感じられないでしょうか。それから、タイプ原稿のカトレアに関する加筆を眺めたあと、吉田城先生の論文「ブーローニュの森のスワン夫人」(『身体のフランス文学』京都大学学術出版会、2006年、所収)を紹介しました。刊行テクストでは「民衆が王妃かと想像するほどに身を飾」っているスワン夫人の装いの描写が、草稿では、「メディシス風の大きな襟飾り」をしていたり、「まるでメアリ・スチュアートであるかのように高貴で名高いひととして」歩いている様子が描かれていたり、絵画的な参照がより多くなされていたことが指摘され、プルーストがいかにこの場面に力を入れていたかが浮き彫りにされていました。執筆の舞台裏のざわめきに耳を傾けると、作品の宇宙がより現実感を増して迫ってきます。というわけで、少し細部への散歩に(といってもほんの入り口ですが)足を踏み入れてしまったようです。また「概論」に戻らねばなりません。次回は、コレットの『シェリ』についてお話します。そろそろ、私の一方的なひとり語りだけでなく、皆さんからの発言の時間も設けて、双方向的要素を取り入れていきたいと思います。発表は強制ではありませんので、無理をなさる必要はまったくありません。有志の方々に、今後の授業予定表を見て、紹介したい作品を読んでいただき、それについて少しお話をしていただけると幸いです。その折はどうぞよろしく御協力ください。
追伸)今日の授業のなかで、mauve色をfauve色と間違えて説明してしまいました。すみません。スワン夫人のモーヴ色(=薄紫色)と野獣のフォーヴ色(=鹿毛色)では、まさに美女と野獣、世紀末とフォーヴィスムは時代的にずれがあるわけなので、とんでもない間違いでした。つつしんで訂正いたします。御指摘いただいた学生さんに、あつく御礼申し上げる次第です。